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カテゴリ:建築( 25 )
前川國男展
午前中から研究室にて白本の仕事。
だる〜とか思ってたら以外と簡単に済んでしまったので、午後から東京へ。
前川國男展へ行ってきました。

東大出て、コルビジェの元で働き、レーモンド事務所で学んで、独立。
実は結構この人の作品を普段から目にしてたりするんですね。
戦前・戦後を通して日本の近代建築史に大きな足跡を残し、日本モダニズムの先駆者と呼ばれた建築家の原点がそこにはありました。
上野にある東京文化会館のドッカーンっていうあの庇(僕はあの庇が大好きなんですが)にいたるまでの経緯が非常によくわかった。

結構早いうちに前川展を見終わってしまったので、丸の内をブラブラ。
そのうち国際フォーラムをすぎて、そのまま銀座へ。
ついでに最近できた巨匠I氏の作品、パール加工されたビルを見に行く。
ビルの場所がどこだか忘れていたのだけど、行けばわかるだろうと向かったら案の定すぐに発見。
まぁあの外観ですから。遠目で見てもすぐに見つかります。

思っていたよりデカイ!外壁厚は300mm弱。
面一な表面の仕上げはなかなかキレイ。
でもなんかなぁ。キレイなんだけど。なんかなぁ。感動できません。
最近強烈な作品を見たせいなのか。
それとも住宅と商業建築の違いのせいなのか。わからんなぁ・・・。
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by shimpei_ymsht | 2006-02-10 22:44 | 建築
夫婦のお話
夜、建築家のコジマ・キドサキ夫妻の講演会のためにBankART NYKへ。

この組み合わせ、はっきり言ってレアです。
学部時代の恩師のコジマさんと、横浜来てから初めて会ったキドサキさん。
2人あわせて見たのは初めて。

キドサキさんレクチャー「ニホンスム」
「クウチュウ」「キオク」というキーワードが中心の講演。
今まで住んだ住居のほとんどが集合住宅という形式であったために、上下左右に人の気配を感じる事が当たり前であったというお話。これは確かに一戸建てに住んでいたらあり得ないことで、集合住宅という居住形式が3次元的なモノであったのだと再確認させてくれるコトバで自分の作品を語ってくれた。
子供の時に(もちろん大人になってからも)経験している特別?な空間体験を自分の作品に取り込もうとする姿勢がプロジェクトを通して多々見られる。
しかし途中登場した集合住宅のプロジェクト。メキシコの遺跡での体験をもとに設計したと言っていたけど、コジマさんのスペースブロックより複雑そうなプランニング。実は複雑なモノ好きな夫婦か?

コジマさんレクチャー「地球に住む」
話は最近特に多いアジア・中東地域などでのプロジェクトがメイン。
日干しレンガの話に始まりプロジェクトの話からイスラム圏の金持ち事情まで。話は建築にとどまらず多岐にわたる。最後の方は初めて足を踏み入れる世界の話でなんだかフワフワしていて、地に足が着いていない状態だった。
最後に話されていた事が気になった。師である原宏司氏は世の中のあらゆる物事はフィクションであると言われたらしい。お金や制度、たしかに世界はフィクションで満ちあふれている。サハラ砂漠のような環境に人が住んでいるのもある種のフィクションで成立しているのだと。世の中フィクションがあるから美しいのだと。
この辺りの話、郊外研究のネタに使えないかな。あ、でも取り入れようとすると確実に論が破綻してしまう。マズイっ!

レクチャー後はBankART Cafeでもう少し気楽にって流れになった。
その時コジマさんと話をするhomさんの生き生きとした顔を見ながら、僕のルーツもこの人の所にあるのかなぁと思ってしまいました。久しぶり聞いたあのボソボソッとした話口調。なんか落ち着くんだよな〜。
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by shimpei_ymsht | 2006-02-03 22:42 | 建築
潜入!!
レポート書くのにも飽きてきたし、あややから要望もあったようなのでこの興奮が冷め切らない内に日記にしたためておきたいと思います。
たしかあれは先週の半ば辺りだったでしょうか。あややによるN沢さんへの強引なぶっこみにより本日のM邸見学会が開催されることになりました。とりあえずあややに感謝!見学会のメールがまわってきた時に「絶対行きます!」と即答してから相当楽しみにしていましたから。


昼過ぎに最寄り駅で待ち合わせ。全員でホワイトソックス&グローブと住人へのお土産を購入、準備万端で意気揚々と乗り込む。13時過ぎ現場到着。

まずその佇まいにやられる。
「白っ!」「小っさ!」思わず口からこぼれ落ちた言葉です。
建築というモノは2次元の紙媒体に落とし込まれる事でどれだけの情報を失っているのだろうか。この瞬間そんな疑問が頭をよぎる。多くの建築作品の場合、写真や図面をそれなりに見ておけば、頭の中で実物とのギャップを修正することはそれなりにできると思う。しかしそうできない作品も数多く存在する。このM邸もそのような作品に分類できると思う。
現在日本で建築を学んでいる学生に大きな影響を与えたであろう(いい意味で)問題作。その特殊な配置から生まれる奇妙な距離感と狭さ、その心地よさは現場に行かないと理解しがたいのかもしれない。

まるで生活の全てを世にさらけ出せと言わんばかりに開け放たれた大きな開口の数々。まだオーダーしたカーテンが届いていないらしく中が丸見えの部屋も多々あった。しかしそのような内部空間の開放から生まれる外部空間の透明性みたいなものがこの小規模な部屋の集積群に豊かさを与える。部屋から部屋へと移動する人々、棟から棟へ移動する人々。普通の賃貸アパートで住人の姿を見かけることはほとんど無いと言って良い。しかしこの建築では敷地の内部を動き回る人々の姿が見えて、消える。見える、消える。楽しすぎですよN沢さん。
見える事と見えない事のバランスが良い、気がした。周囲の既存も含めて対面しないことを前提に位置を決めていった(N沢氏談)という開口位置の規則性は消失しているといってよい。豊かな外部空間を創るというコンセプトのもと創られたこの住宅。所々に配された開口から見える多くの生活はこの庭を彩る道具であり、そのような庭をもつことで中での生活も豊かになる。まさに相乗効果ってやつ。住み始めた住人達によりガーデニングも進行中で、ますます楽しい庭になりそうな予感です。

そして頭が天井に当たってしまうくらいギリギリのスケール。この小ささが空間に不思議な領域感を創り出している。ある程度手が届く範囲に全てのモノが収まっている感覚と言えばいいのだろうか。それぞれの部屋に入ってもすぐに自分の場所を確保できる感じ。敷地内がヒューマンスケールで満ちあふれているんです。棟と棟の間の空間も決して広いとは言えません。でもその狭さが心地良い。

しかも今回の見学会、作品見るだけでも興奮するのに、雑誌の取材などとかぶっていたため日本の建築界を引っ張る建築家の人々がめちゃくちゃ集まってきてて、もっと興奮してしまいました。N沢さんにはじまり、Sさん、Iさん、K兄貴、Cさん、Kさんなどなど。そうそうたるメンバーが10人前後いたのかな。人が人を呼び寄せている状態。これから建築シンポジウムでも開くつもりかってくらいでした。
しばらくちゃんと建築作品を見るという目的で訪れることをしていなかったので、楽しすぎる訪問だった。デジカメのメモリを全て使い切るほど写真取りまくったし。


とりあえず今はこんな感じ。誉めてばかりの長い駄文になったけど、あまりの空間的楽しさを経験した後なので批判などできる状態ではありません。できればこの経験を他の人にもと言いたいのだけれど場所は絶対言えません。M邸がショールームになってしまったら台無しだしね。なにより僕がこの業界で飯を食っていけなくなりますので。
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by shimpei_ymsht | 2006-01-28 23:23 | 建築
コンペ中。
年明けに課題の提出が控えているんだけど
そんなものはほったらかして昨日から研究室でコンペ漬け with nao。

今日2日目に突入。
どうやら3日目に突入する可能性も出てきた。
友達とやってるので1人じゃないのはいいのだけど、
プランのおさまりが・・・
スケール感が・・・
後期中ずっと小さい規模のものをやっていたので
このコンペの様に大きなスケールはメキシコンペ以来だ。

提出が課題と若干かぶり気味なので年内中にガッツリ進めとかないと課題にも支障がでてくる。
他にもやんなきゃ行けない事山積みなのだけど、今やらねばならないのです。
高い登録料を無駄にはしたくない!

しかしこの時期研究室で作業してて困るのは飯。
僕の大学周辺には飯どころが少ない。少なすぎる!
昨日から普段通ってる食堂も店を閉めてしまった。
こんなにでっかいキャンパスなのになぜ?山の上だから?
そのうち弁当とか食いあきるんだろうしな〜。
卒業設計に取り組んでいる4年生とかどうしてるんだろう。
学部の頃はわざわざ製図室まで配達にきてくれる食堂とかがあったし、もっと周囲の飯どころも充実してた。

なんて事言ってたらけやき丼(大盛り)食いたくなってきたな〜。
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by shimpei_ymsht | 2005-12-29 23:59 | 建築
吉村順三展
最近、バスに乗ると必ずと言っていいほど酔ってしまう。
あの人がいっぱいで密閉された空間が何とも・・・。空気悪し。
どうにかならんもんだろうか。
今日もそんな感じで気持ち悪いのを我慢しつつ、芸大美術館へ。
招待券をもらっていた吉村順三展に行ってきた。
不勉強なもので、吉村順三についての知識なんぞはっきり言って皆無だったが
その分楽しみだった。

す、すごい。
なにが凄いのかって、凄いモノは凄いのだから仕方ない。
なんかそこには普遍的な良さというものが確かに存在していた気がする。

吉村氏は、建築の中で日々繰り返される人の生活をなによりも重要なものとして
生涯建築という詩を語りつづけた。
図面や壁にかけられた大判の写真には住み手の生活がありありと目に浮かんでくるようで
立ち尽くしてしまう事が度々。
この人は建築と人を愛していたんだろうな。

展示前半の住宅作品の中には必ずと言っていいほど
リビングに暖炉が作り付けられていた。
氏はリビングよりも食卓のあるダイニングのほうが家の中心なのではないかと語っていたが
この暖炉にも吉村氏の思想が顕著に現れていた。

木とフォーレックス?で造られた模型も秀逸。
「芸大の友人が今年のM1は自分たちの好きな事、全然できてないみたいだよ。」
とか言っていたが、ほんとご苦労様でしたといった感じだ。
ギャラ間の模型とか比にならんのではないか?
久しぶりの休日だったけど、お腹いっぱいです。吉村先生、ごちでした。
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by shimpei_ymsht | 2005-12-03 02:31 | 建築



日々の生活の中に無限の広がりを求めて      by real flatness
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