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はつゆめ
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六本木ヒルズで父親たちの星条旗を観る。
映画を見ながら、小学生の時に祖父から聞いた戦場での体験についての話、子供ながらに非常に大きなショックを受けた事などを同時に思い出してしまった。
本当の兵士は戦争について語る事はない。なぜならその全てを忘れたがっているから。本当の戦争を知らない僕たちだからこそ見るべきなのかもしれない。




その後、ビル・ヴィオラ:はつゆめを観に森美術館へ。ビデオ・アートと呼ばれるような作品にはあまり触れた事が無かったのでいろいろと新鮮な感覚を楽しみつつ観覧。
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ほとんど全ての作品に高速度撮影されたスローモーション映像が用いられている。引き延ばされた時間、切断されて断片化した時間、ときには断片化された時間がパッチワークのようにつなぎ合わせられていたり。暴力的なまでに歪められた時間が全ての作品を支配しているとでも言えばいいのだろうか。絵画的な動画/動画的な絵画、現実世界の表象だけを薄く引きはがして加工したかのような奥行きの無い空間。しかしその奥行きが削ぎ落とされた空間にこそ幻想的な「ゆめ」の世界が存在している。あいまいな表現しかできないけれど高速度カメラによる時間の切断は、作品の中にまったく別次元の空間を生み出している気がした。
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by shimpei_ymsht | 2006-11-19 23:16 | 雑記
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吉岡徳仁展「スーパーファイバーレボリューション」

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とりあえずPANE Chair(パンの椅子)に座ってみる。
ファイバーによる新しい構造体としての提案
なんというかマフッとした感じ?の座り心地で
横から手でたたいてやるとプルプルしてプリンみたい。

パーティションとして会場中にばらまかれた糸になる前の繊維は本当にフワフワ
ここにある動画が面白い

55万本の透明ストローを用いた展示も質感がスゴい。
会場にはTOも展示されていた。
う〜〜〜ん、やっぱり欲しい…。




ヘンク・フィシュ展

会場のM邸には意外に人は少なくゆっくり楽しめた。
相変わらずチワワ(じゃなくてポメラニアンだと後から指摘を受けたので訂正。名前はシンノスケだそうです。)を抱きっぱなしのMさん
僕の事も覚えていてくれて展示を見ながらしばらく談笑。

9ヶ月ぶりに訪れたM邸は以前にくらべて庭に緑や苔が増えていて
ますます路地っぽい雰囲気満載になっていた。


柿とヘンク
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住みだしてから1年程経った今でもカーテンを使用せずに生活しているというMさん
とても大きな開口がもたらす開放感を減少させてしまうカーテンを使うのは勿体無いとのこと。
これからもずっとカーテン無しで生活してもらいたい。
腰壁が無いためにMさんの住む棟の2階で窓を開けると窓際に座り込む事ができる。
シンノスケを抱えたままそこに座り込んで足をブラブラさせているMさん。
話をしていると本当にこの住宅が大好きな様子が伝わってくる。

庭の雰囲気が変わったせいなのか、2度目の訪問だからなのか
なんとなく前回の訪問とは受ける印象が違った。
棟と棟との関係性から作り上げられる空間というよりも
外部空間そのものが内部の全てを提示しているような
そんな感覚。


竣工から1年くらいで白い壁面が汚れ気味…
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by shimpei_ymsht | 2006-11-02 22:16 | 建築
4半世紀
061023

麻布の半地下事務所に向かう前に
外苑前の事務所でいまさらながら3ヶ月前の給料を受け取り
ついでに近くにあるプリズミッックギャラリーへ。
河内一泰展」を観覧。
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そういえばここ、先日講演を聞いた菊地宏さんの設計。
この床の赤はスイスで住んでいたアパートでの体験を参考にしたものだって言ってました。


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菊地さん設計の家具。
なかなかかわいいです。



061024

25歳になりました。
ちょうど4半世紀生きた事になります。
母さん、僕を生んでくれてありがとう。
父さん、僕を育ててくれてありがとう。
なんて言葉を両親に伝えた訳ではないけどそんな気持ちで一日過ごしてました。

誕生日だしせっかくだから行きたい所に行って、充実した1日にしようという事で目白へ。


東京カテドラル聖マリア大聖堂/丹下健三都市建設設計事務所
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なんだかんだで結局建築見に来てるし…。


ロンシャンの教会や光の教会みたいに
中に入った瞬間ガシっとハートをわし掴み!!という空間ではなくて
なにかじわじわと自分の中にしみ込んでくるような
そんな空間体験。

宗教建築自体が持つ非日常性は先日の旅行で訪れた首都圏外郭放水路のような
土木構築物が持つ非日常性とはまた質の違うもの。
象徴性という質を求められそこに集まる人々の為に構成された空間と
水をためて河に放水するという目的のみの為に造られた懇意的な意思の入り込む余地の無い空間
どちらも非常に大きな容積の非日常的な空間であるけれど
それぞれまったく異なる質を持つ。
まぁ、プログラムが違うんだから当たり前のお話。

静まり返った聖堂へ外から入り込んでくる風の音と
荒々しいコンクリートの壁面が持つ人を突き放すような空気感と
祭壇を中心とした対称性と象徴性を生み出す構成と
それらが相まって生まれる“場”に身を置きながら
ジワジワと湧き上がってくる感動をうまく受け止めきれずに
ただただぼーっと立ち尽くしていた。

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高く高く高くそびえ立つ鐘塔。

ん〜〜〜〜オベリスク!!!
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by shimpei_ymsht | 2006-10-25 02:58 | 建築
建築ツアー 群馬・埼玉編
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前日の夕方から始めた日新工業コンペのプレゼを徹夜作業で無理矢理朝5時に終了させて
しかも急いでる時に限ってプリントアウトがうまく行かず結局プリントアウト&発送を後輩に託し
研究室から家までダッシュして
家から駅までダッシュして
乗るはずだった電車が目の前を通り過ぎて遅刻が決定し
出発してすぐ睡眠不足と疲労からか久しぶりにひどい車酔い

そんなこんなで始まった今回の建築ツアー
別名「朝6時集合はフィックスで!!首都圏外郭放水路見学ツアー」
今回のプランナーはminoruさんです。



県立ぐんま昆虫の森 昆虫観察館/安藤忠雄建築研究所
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埼玉へ向かう前に群馬にある昆虫の森に寄り道。
この建築が昆虫の森の施設の全てだと思っていたら
実は昆虫の森入り口付近にある施設の一部で後ろに広大な森が準備されていました。
今回は森の方まで見てる時間はなかったので昆虫観察館だけ訪問。

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温室では様々な植物の中を無数の蝶が飛び回ってて結構テンション上がります。

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内観は子供を対象とした施設のためか、結構ナチュラル系な仕上げ。
地中美術館で見られるような鋭さのある空間という感じではない。


今回も昼飯はうどん。天盛り付きで。昼飯の後は埼玉へ。


首都圏外郭放水路
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みんなでヘルメットかぶってゾロゾロと見学。
学部の卒業設計に取り組んでいる頃、地下空間に魅了されてその存在は知っていたが。
しかし実際に訪れてみると圧巻です。
リアルにドラクエの世界。

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土木構築物が持つ非日常的なスケールの魅力は建築には無いものだと思う。
しかもドボクコウチクブツって言葉の響きがなんか好き。

日常から離れた空間という事で仮面ライダーやレンジャー系の撮影、ミュージシャンのプロモの撮影など結構いろんな事に使われているみたい。



埼玉県立大学/山本理顕設計工場
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4層吹き抜けのホールや2階にある屋上デッキ、1階の所々に配置された中庭など
それらの要素がとても立体的な空間形成の鍵となっている。
中も外も歩いていてなかなか楽しいキャンパス。


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階段教室のボリュームがなんかオランダっぽい。
こういうボリューム見るとクーン・ファン・フェルゼンのメガシネマを思い出してしまう。

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夕食は横浜に戻ってから一鶴で酉を食らい、旅は終了。

昆虫の森と外郭放水路のせいか小学生の頃の社会科見学を思い出すような旅でした。
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by shimpei_ymsht | 2006-10-04 07:32 | 旅行
日本×画展
横浜美術館/丹下健三都市建設設計事務所
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横浜美術館にて会期最終日の「日本×画展」を駆け込みで観覧してきた。


手紙をつなげて展示室の外まではみ出したひたすら長い絵巻物のような藤井雷の作品
展示室すべてを紙でおおって作品のキャンバスとしていたしりあがり寿の作品

美術品でもサイズが大きくなってくるとそれ自体が“空間”をつくりだす。
むしろ“空間”ができてしまうと言うべきなのか。
ここまでのスケールだと絵画で
これ以上のスケールになるとそれは絵画であり同時に“空間”
つまりインスタレーションですよというようなことだけど。
その境界って実はけっこう曖昧だなぁ。

なんてことをそれらの作品を見ながら考えた。

人のスケールを超えたものでも絵画であり続けようとするもの
人のスケールより確実に小さなもので“空間”であろうとするもの
というのもありうる話か。

作者が意図しなくても“空間”となりえてしまう作品は
なにか強さみたいなものを持っていると言えるのかもしれない。


帰ってからパンフレットよく見たら藤井雷って同い年だった。
展示会場に本人が来てて、話してみた感じあまり年齢変わらんよなぁとか思ってたけど。
ここでも活躍中の同年代を発見。
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by shimpei_ymsht | 2006-09-20 19:21 | 雑記
建築家が建てるということ
建築家が建てた建物は使いにくい。
まぁこれはよく聞く話。

先日の建築ツアーで前川國男設計の公共施設を訪れたときのこと。
係りの人がしきりに話してくれたのは、
その建築の問題点(使いにくさと言ってもよいか)がほとんどだった。


まだ建築を学び始めた学部1年の頃
建築を訪問して感じた事をレポートするという講義で
「デザインが良くても使いづらいのはいかがなものか・・・」
という話をして講師の人に一蹴された事を思い出す。
その時は何か釈然としないまま
そういうものなのか? という疑問だけが残った。


今でもこの問題にはっきりと答えが出せたわけではないが

「デザインが利便性を超える瞬間」

そういう瞬間はあり得るんじゃないかと考えるようにはなった。
たとえそれが一時的な価値だったとしても。

そういう所のみに建築の価値を全ておわせてしまうと
たぶんそれは出来そこないのアートみたいなダメ建築になるんだろうけど。

特に公共建築などにおいては
一時の訪問者と毎日そこで生活している人、運営している人の温度差なんかもある。
様々な視点から検証する事でしか建築の善し悪しなんて評価できないし。
施設を運営する側にとって良くない=一般の人達にとっても良くない
という等式がすぐに成り立つものでもない。


ただ公共性という言葉が持つ意味は
単に使いやすいなんて部分だけに収束するはずがない。と思う。


ん〜こういう考え方って建築をつくる側のエゴなのか・・・?
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by shimpei_ymsht | 2006-09-03 19:54 | 建築
運河にて
今日は学部時代の同期の修士設計講評会へ。
途中筑波エクスプレスの開通により野田線に駅が増えている事に驚きつつminoruと運河へ向かう。
少々ゆっくりしすぎて他研究室の発表は1/3しか見れなかったが、コジ研の発表には間に合った。


近頃、理科大(理工)と横国との設計に対するスタンスの違いについて考えさせられる事が多い。今日もこの事についていろいろと感じるものがあった。

横国生は基本的に模型を上からみることが多い。とても俯瞰図的。
そして理科大生は模型をのぞきたがる。すぐアイレベルでパースを確認したがる。
ちょっと極端かもしれないけどとりあえずそんな違いがあると思う。

卒業設計に何を設計したのかという問いに対して、横国生は一言で何を設計したのか答えられない人が多いのではないか。しかし理科大生は「美術館」「図書館」「学校」「集合住宅」等と大部分が答えるだろう。

横国4年生の方が理科大M2よりも空間的に広く都市的なレベルで物事を考え、大きな範囲を設計の対象にしようとする。
理科大生はある一定の街区の中で完結しうるモノ、例えば1つのプログラムを徹底的に詰めていく傾向がある。
それは修士の学生になっても変わり得ない事だった。そして理科大の修士設計はいい意味でも悪い意味でも卒業設計の延長のようなイメージをぬぐい去る事は出来きていなかった。あまりに型にハマりすぎる人が多かったのではないか。


しかし今回の講評会では例年にはなかった変化が見られた気がした。

相変わらず1つのプログラムを相手にして、それを丁寧に設計していくという手法を取っている人はいる。その一方で環境を造ると言って東京のど真ん中に山造っちゃう人。島を設計しますと広範囲な敷地を相手に非常に綺麗な景色を造っちゃう人。模型は産業廃棄物の固まりみたいだけど、パワーのあるプレゼンテーションで会場中の目を釘付けにしちゃう人。
それらの作品はみなオリジナリティに溢れ、強い思想や思い入れのある作品ばかりで、なんか今までに無かった種類の作品が見られたのがとても良かった気がする。とても理科大らしい新たな方向性が垣間見られた。そして同期はみんないい意味で卒業設計の時と変わってないなぁという部分を残しつつ、パワーアップしていた。


建築物単体を丁寧に設計する事は大切な事だし、そのような方法を否定する気もないけれど。
でも提案される全ての作品がそのような建築物単体として簡潔してしまって、全体的に変な画一性を持ってしまうのはあまり良くない気がしていたのは確かな事で。
このような見方は外の環境に身を置くことで得る事が出来たもので、僕にとっては非常に貴重な財産であると思う。

しかしそのような考え方が理解できた所で自分の設計におけるルーツが簡単に変わるものではない。でも今まで積み上げてきたモノと新しく得たモノとをうまい事混ぜ合わせるのもなかなか難しいわけで。

僕たち理科大理工出身の学生は、入学したての学部1年時に段ボール箱に穴をあけて中をのぞくという空間設計の課題を経験している。その時の経験をいまでも引きずりながらそのしがらみから逃れられずにいるのではないか。最近そんな変な疑問を抱いていただけに今日の講評会はとても刺激的なものであった。そしてそんな同期の成長を目の当たりにして、自分はこの2年近くの間何をやっていたんだ、という感情が少しだけ湧いてきた。
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by shimpei_ymsht | 2006-02-15 02:20 | 建築
潜入!!
レポート書くのにも飽きてきたし、あややから要望もあったようなのでこの興奮が冷め切らない内に日記にしたためておきたいと思います。
たしかあれは先週の半ば辺りだったでしょうか。あややによるN沢さんへの強引なぶっこみにより本日のM邸見学会が開催されることになりました。とりあえずあややに感謝!見学会のメールがまわってきた時に「絶対行きます!」と即答してから相当楽しみにしていましたから。


昼過ぎに最寄り駅で待ち合わせ。全員でホワイトソックス&グローブと住人へのお土産を購入、準備万端で意気揚々と乗り込む。13時過ぎ現場到着。

まずその佇まいにやられる。
「白っ!」「小っさ!」思わず口からこぼれ落ちた言葉です。
建築というモノは2次元の紙媒体に落とし込まれる事でどれだけの情報を失っているのだろうか。この瞬間そんな疑問が頭をよぎる。多くの建築作品の場合、写真や図面をそれなりに見ておけば、頭の中で実物とのギャップを修正することはそれなりにできると思う。しかしそうできない作品も数多く存在する。このM邸もそのような作品に分類できると思う。
現在日本で建築を学んでいる学生に大きな影響を与えたであろう(いい意味で)問題作。その特殊な配置から生まれる奇妙な距離感と狭さ、その心地よさは現場に行かないと理解しがたいのかもしれない。

まるで生活の全てを世にさらけ出せと言わんばかりに開け放たれた大きな開口の数々。まだオーダーしたカーテンが届いていないらしく中が丸見えの部屋も多々あった。しかしそのような内部空間の開放から生まれる外部空間の透明性みたいなものがこの小規模な部屋の集積群に豊かさを与える。部屋から部屋へと移動する人々、棟から棟へ移動する人々。普通の賃貸アパートで住人の姿を見かけることはほとんど無いと言って良い。しかしこの建築では敷地の内部を動き回る人々の姿が見えて、消える。見える、消える。楽しすぎですよN沢さん。
見える事と見えない事のバランスが良い、気がした。周囲の既存も含めて対面しないことを前提に位置を決めていった(N沢氏談)という開口位置の規則性は消失しているといってよい。豊かな外部空間を創るというコンセプトのもと創られたこの住宅。所々に配された開口から見える多くの生活はこの庭を彩る道具であり、そのような庭をもつことで中での生活も豊かになる。まさに相乗効果ってやつ。住み始めた住人達によりガーデニングも進行中で、ますます楽しい庭になりそうな予感です。

そして頭が天井に当たってしまうくらいギリギリのスケール。この小ささが空間に不思議な領域感を創り出している。ある程度手が届く範囲に全てのモノが収まっている感覚と言えばいいのだろうか。それぞれの部屋に入ってもすぐに自分の場所を確保できる感じ。敷地内がヒューマンスケールで満ちあふれているんです。棟と棟の間の空間も決して広いとは言えません。でもその狭さが心地良い。

しかも今回の見学会、作品見るだけでも興奮するのに、雑誌の取材などとかぶっていたため日本の建築界を引っ張る建築家の人々がめちゃくちゃ集まってきてて、もっと興奮してしまいました。N沢さんにはじまり、Sさん、Iさん、K兄貴、Cさん、Kさんなどなど。そうそうたるメンバーが10人前後いたのかな。人が人を呼び寄せている状態。これから建築シンポジウムでも開くつもりかってくらいでした。
しばらくちゃんと建築作品を見るという目的で訪れることをしていなかったので、楽しすぎる訪問だった。デジカメのメモリを全て使い切るほど写真取りまくったし。


とりあえず今はこんな感じ。誉めてばかりの長い駄文になったけど、あまりの空間的楽しさを経験した後なので批判などできる状態ではありません。できればこの経験を他の人にもと言いたいのだけれど場所は絶対言えません。M邸がショールームになってしまったら台無しだしね。なにより僕がこの業界で飯を食っていけなくなりますので。
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by shimpei_ymsht | 2006-01-28 23:23 | 建築
吉村順三展
最近、バスに乗ると必ずと言っていいほど酔ってしまう。
あの人がいっぱいで密閉された空間が何とも・・・。空気悪し。
どうにかならんもんだろうか。
今日もそんな感じで気持ち悪いのを我慢しつつ、芸大美術館へ。
招待券をもらっていた吉村順三展に行ってきた。
不勉強なもので、吉村順三についての知識なんぞはっきり言って皆無だったが
その分楽しみだった。

す、すごい。
なにが凄いのかって、凄いモノは凄いのだから仕方ない。
なんかそこには普遍的な良さというものが確かに存在していた気がする。

吉村氏は、建築の中で日々繰り返される人の生活をなによりも重要なものとして
生涯建築という詩を語りつづけた。
図面や壁にかけられた大判の写真には住み手の生活がありありと目に浮かんでくるようで
立ち尽くしてしまう事が度々。
この人は建築と人を愛していたんだろうな。

展示前半の住宅作品の中には必ずと言っていいほど
リビングに暖炉が作り付けられていた。
氏はリビングよりも食卓のあるダイニングのほうが家の中心なのではないかと語っていたが
この暖炉にも吉村氏の思想が顕著に現れていた。

木とフォーレックス?で造られた模型も秀逸。
「芸大の友人が今年のM1は自分たちの好きな事、全然できてないみたいだよ。」
とか言っていたが、ほんとご苦労様でしたといった感じだ。
ギャラ間の模型とか比にならんのではないか?
久しぶりの休日だったけど、お腹いっぱいです。吉村先生、ごちでした。
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by shimpei_ymsht | 2005-12-03 02:31 | 建築



日々の生活の中に無限の広がりを求めて      by real flatness
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